2017年6月26日月曜日

作業棟二階の水回り


母屋と違って、気密性を確保できる構造にはなっていない作業棟ですが、一応、外に面した壁には断熱材を入れています。
といっても、ホールとの境や、階段との境とゲストルームをどう遮断するのか、そんな面倒なことを考えるのは夫に任せて、私は何も考えずに作業しています。 
これは、お手洗いと対称になっている場所で、食器を洗ったり顔を洗ったりする水場です。 


奥の壁を張り、
 

床も張りました。
流しは真ん中のあたりに設置、奥の部分は、右の部屋から、収納として使います。 


シンクは、ネットで買ってびっくり、日本のお店に注文したのに、中国の工場から直接送られてきました。


そのシンクを夫が取りつけました。
私にとっては、とっても面倒な作業に見えますが、夫は工夫のある仕事が大好きです。使い勝手というより、つくることに意義あり、という感じ、洗ったお皿が本当にシンクの奥に置けるでしょうか?
もっとも、ビニールハウス時代の台所を思い出せば、汚れたお皿を洗うだけなので、これでも十分ですが。


私は、流しの左側の壁を張りはじめました。


左が流し、右がお手洗いです。


お手洗い側の電気工事。
私には理解不能の世界です。


それにしても、専門家だったら、まず外と中を仕切ってから内装をはじめるところでしょう。客室の一つは、窓を入れてないどころか、大きな穴がぽっかり開いたままです。







2017年6月25日日曜日

ククルカン、現る


昨年の夏、面白いものを発見しました。
雨どいとしてつくってあるコンクリートに、夕日が屋根のを落として、光と影がうろこ状になっていました。
まるでマヤのチチェン・イッツァの遺跡に、一年に二度だけ降臨する、ククルカン神(蛇の形をした神)が現れたかのようでした。
私が、大騒ぎしていたら、
「瓦屋根の影が雨どい垂直に写っているということは、陽が斜めに沈んだとしても、瓦屋根と並ぶとき影を落とすから、しばらくは毎日見えるんじゃないか」
と夫は言いました。
わかったような、わからないような、でもそれ以来、私は雨といに現れるククルカンを見たことはありませんでした。


ところが一昨日、夫が朝日を受けてククルカンになっている雨どいの、反対側からの写真を撮りました。
夏至に近いこの時期、ククルカンを毎日見ることができるのかどうか、見たいのですが、今朝も雨が降っています。





2017年6月24日土曜日

重さを軽く受け止める工夫


1980年初頭、タイのバンコクのガソリンスタンドでは、すでに自動車にオイルを注入するポットはプラスティック製だったと思います。
ただ、田舎町に行くと、プラスティックのポットとともに、ブリキのポットが併用されているところも残っていて、ブリキ屋さんの店先には、バケツなどとともに、こんな手づくりのオイルポットも並んでいました。
 

持つところを太くしてあり、手が痛くなりません。


本体が小さくて、オイルを満たしても重くないオイルポットには、持ち手に、手を痛くさせない膨らみはつけられていませんでした。
手の込んだ、素敵な工夫だとは思いましたが、このときは、これが欧米のオイルポットを模してつくられたものだと、知りませんでした。

 
のちに、イギリスのポットや、お湯入れにも同じ工夫がされていたのを見つけました。
「あぁ、あのオイルポットの原型は欧米にあったのだ」
と、初めて思い至ったものでした。
 

このイギリスのポットやお湯入れを手に入れたのは、1990年代の初め頃だったでしょうか。
もともと、鉄でできたものが好き、水差しやオイル差しが好きでしたが、ヨーロッパのものにまで手を出してしまったのは、このぷっくりした持ち手に惹かれてだったのかもしれません。


決まった一か所を持つのでなく、いろいろなところを持つヨーロッパの道具にはまた、持ったときに痛くない、別の工夫がなされているものもあります。


イギリスのじょうろですが、水を入れて運ぶ時の持ち手も、水遣りの時に掴む持ち手も、鉄板を曲げてパイプのように丸くする工夫がされています。


同じくイギリスのじょうろ、こちらは、小さな町工場でつくられたものではなく、現代の大工場でつくられているものですが、やはりじょうろの重さを掌に感じないで、バランスよく持てるように、工夫されています。


持ち手は、パイプを曲げてつくってあります。
水を1ガロン半入れて重くなっても、両手で持つと安定し、手も痛くありません。
古いじょうろは室内用、新しいのは室外用として使っていますが、どちらも使いやすいものです。
 

さて、バケツの持ち手と言えば、木製のこんなものを、まず思い浮かべます。

これは、フランス製のバケツです。
1970年代から80年代にかけて、日本のバケツやじょうろはプラスティック全盛で、ブリキのものは巷に見当たりませんでした。そして、ごくまれに見かけても、目の飛び出るような値段でした。手仕事はすたれ、中国製のものはまだ入ってきていなかった時代です。
そんなおり、銀座のデパートのプランタンで見つけたのがこのバケツでした。
私は意気揚々と、このバケツをぶら下げて歩き、もちろん電車にも乗り、家まで凱旋したものでした。
日常使いの道具も、プラスティックで間に合わせるのではなく、好きだと思えるものを使いたいと思っていたのでした。


ところが昔は、日本には、意外と、このような持ち手のバケツは少なかったのかもしれません。
木の持ち手がついたおもちゃのバケツはいずれもヨーロッパ製です。


日本のバケツのおもちゃにも、木の持ち手がついたものがありますが、少数派です。もちろん、ただのおもちゃですが。


そして、こちらが日本のバケツ、


持ち手は、鉄板をお菓子の八つ橋状に、外を向けて丸く曲げてあります。


小さいバケツの持ち手も、同じ加工がされています。
木の持ち手をつけるより、この持ち手の方が縁にぴったりと沿って収まるので、日本人の気性に合ったのかもしれません。

この加工方法も、実は日本独自のものではなく、イギリスのバケツなどに多く見られるものです。
たかが持ち手、されど持ち手。
こんな持ち手にも、ヨーロッパの工夫が世界を席巻している様子が見て取れます。






2017年6月23日金曜日

熊さんs

先日、絵を描いていらっしゃる、しばたあきこさんにお会いすることがありました。
それで思い出しましたが、しばたさんの人形を持っています。


焼きものの熊さん、しかも二匹です。
どちらにしようか、小さい赤い水玉の服を着ている熊さんの方が好きかな、と迷ったのですが、この赤水玉の熊さんだけに絞り切れない点がありました。


ちゃんと座れないで、反ってしまうのです。
で、反り方の少ない青水玉の服の熊さんも捨てがたい。というわけで、両方いただいてきてしまいました。


針金を何とかして、熊さんたちを気持ちよく(熊さんの気分ではなく、私の気分ですが)座らせてやりたいと思いつつ、いつまでたっても何ともならず、月日がどんどん経ってしまいました。


試しに、赤水玉の熊さんを、石の椅子に座らせてみました。
いい感じです。


石の椅子に、青水玉の熊さんだけを座らせるとこんな感じ、両方とも石の椅子がある方が、安定します。
 

前から見ると、椅子なしと大して変わりませんが、
 

横姿はすっかりよくなりました。
この石は、「解けない氷」というもので、フィンランドだったかの古代の石です。これを冷凍して氷代わりに使うと、飲み物が水で薄まりません。
いつも氷入れに、氷と混じって入っていますが、まぁ、これだけ選んで使うというものでもないので、熊さんたちの椅子にしてもいいのです。





2017年6月22日木曜日

痛み目にはやり目

二週間ほど前、朝起きたら左目が痛くて開けることができませんでした。
ゴミが入った感じがあるのですが、涙はぽろぽろ、鼻水はつるつる流れるのに、ゴミが出てきません。
その日はちょうど、裏方志向さんの家にお伺いする予定がありましたが、早朝でよかった、お伺いしたその足で、目医者さんに行きました。片目が開けられないので、もちろん夫の運転でした。
ゴミを取ってもらい、痛み出してから四時間ぶりに、やっと目を開けていられるようになりました。

それから、十日ほどたった日曜日、左目が赤くなっていました。
月曜日にはもっと痛くなっていて、目やにも出るので、また目医者さんに行きました。検査していただくと、ウイルス性の「はやり目」でした。
「人ごみに行ったかい?」
「いいえ」
「潜伏期間は10日前後だから、うちでうつったのかもしれないね」
そんなぁ。院内感染じゃないですか。
「先に出した二つの目薬はあるね?」
「はい」
「じゃあ、もう一種類出すから。ゆっくりして、疲れないようにね。小・中学生だったら登校禁止だけど、まぁ、人ごみに行かないで。お風呂は最後にね」


というわけで、三種類の目薬をつけることになりました。
もっとも、これらは化膿止めや栄養剤で、ステロイドが入ったものが加わりましたが、はやり目を治す特効薬はないのだそうです。
使い方は、一緒に使ってもあふれてしまうので、薬と薬の間隔を5分以上あけることだけです。


わけがわからなくなるので、籠に入れて前から使い、使ったら後ろに回すようにしています。


そして、薬局で買ってきた目の周り専用の清浄綿が気持ちいい、これがないと、目の周りに目やにがこびりついてしまいます。

目が腫れあがっているでうっとうしいことこの上ありませんが、幸い右目にはうつらず(潜伏期間が10日なので、確かではありませんが)、夫にもうつらず、ただただ沈静化を待っているところです。
「弱り目に祟り目」ならぬ、「痛み目にはやり目」でした。





2017年6月21日水曜日

トラの幸せ

今日は、梅雨入りしてから、初めての雨らしい雨の日になっています。
お百姓さんたちは、一安心です。


ほんの薄日が差しているだけでも喜ぶ猫のトラには、ちょっと残念な一日です。


というわけで、今日は朝ごはんのあとも、ベッドでおとなしくお休み中です。
  
 

そんなトラの、いつもの陽だまり生活のいったんです。


しあわせ!


しあわせよぉ。


あぁ、しあわせぇ!


明日も雨の予報です。






2017年6月20日火曜日

ミラグロ


メキシコのミラグロ、英語ならミラクル、「奇跡」という意味です。
合金でつくったミラグロを、燃えているハートに打ちつけてあります。
ミラグロは、自分の身体の病んでいる部分を形どったものを身に着けたり奉納したりして、治癒を願うものです。
浅草の浅草寺で、護摩を焚いた煙を自分の治したい部位に引き寄せて浴びたり、タイで、仏像の、自分の身体の治したい部位に金箔を貼ったり、なでたりするのと同じでしょうか。

また、このように、ミラグロをハートや十字架に打ちつけて、部屋に飾ったりもします。


左は目で、右は胃です。


左は足で、右は背中です。


おっぱいは、直したいというより、母乳の出をよくしたいということでしょうか。

 

自動車や飛行機は、旅の安全を祈願するものです。


しかし、猫は何でしょう?


猫に元気でいて欲しいのでしょうか?
それとも、猫を飼いたいのでしょうか?
 

この燃えるハートには、中心にマリアさまを配していて、一番端には、祈る人を配してあります。