2012年6月18日月曜日

文化人形


あまりおもちゃもなかった子ども時代ですが、誰が買ってくれたのか、文化人形は持っていました。40センチくらいのかなり大きいものでした。
お雛さまのときに飾るのではなく、子どもが持って遊ぶ人形といったら、文化人形しかなかったような時代で、文化人形はごくごくありふれたものでした。
その大きな文化人形を、おんぶしたり抱っこしたりして遊んでいました。もちろん、泥やら、手あかやら染み込んで、薄汚れていました。

ある日、近所のまさちゃんが遊びに来ていました。まさちゃんは一つ年上で、ご両親が亡くなり、ご祖父母とひっそり暮らしていました。
「あの子はかわいそうな子だから、親切にするんだよ」
と、祖母は口癖のように言っていました。

まさちゃんは抱き人形を持っていなかったので、その日、母がまさちゃんのために文化人形(もどきの人形)をつくってくれました。ミシンの音が響く六畳間で、二人でじゃましないよう、でもときどきのぞきながら遊んでいると、仕事の早い母は、その日のうちに縫い上げ、まさちゃんにあげました。

母が墨で目を描いるのを息を詰めて見ていたこと、端布の服、人形を抱いて帰ったまさちゃんの嬉しそうな顔などが、今も目に浮かびます。

というわけで、最近足腰が弱って外に行く楽しみがなくなっている母を喜ばそうと(半分は自分の楽しみで)、昨年文化人形のキットを買ってつくってみました。


実は、文化人形のつくり方の本も持っているのですが、昔はいつも身近にあったジョーゼット(顔用布)はないし、木毛(詰め物)もないしで、材料をあちこちさがして集めているより、キットで買った方が、てっとり早いと思ったのです。

つくってみました。
あぁ、なんて私は不器用なのでしょう!
同包されていたつくり方の本と首っ引きで四苦八苦、何日かかかりました。
キットの中に、顔布用として、あらかじめ描いた布と、自分で好きに描けるように何も描いていない布と二種類入っていましたが、顔にかかるころには疲れ果てていて、もちろん描いてあった布を使いました。


でこぼこ頭に帽子をかぶせるのが、最後の一仕事でした。

やっと完成しましたが、なんだかかわいくない。
文化人形は、筒状に縫った袋に木毛を詰め、それを絞って頭と胴に分けてあるだけのシンプルなつくりなので、絞る場所や絞り方によってずいぶん感じが違ってくるのです。
「なぜかわゆくないの?」

最初から参考にすればよかったのに、できあがってから本の写真と比べてみました。
目が上の方にあり過ぎます!顔の膨らませ方も足りなかったみたい。
あぁ~ぁ。

それでも母に見せに行きました。
懐かしがってくれたら置いてきてもいいと思っていました。
ところが、開口一番、
「へぇぇ、人形人形って、最近幼児返りしているんじゃないの?」
「.....」
それはないでしょう、お母さん。
「スカートの布がかわいいわね」
セットになっていた布を褒められても、何の慰めにもなりません。
母も人形好きでしたが、自分でつくらなくなったらすっかり関心をなくしています。

しかも、母はまさちゃんに人形をつくってあげたことを、まったく覚えていませんでした。
共通の体験を話し合うとき、いつも母は私の覚えていることはことごとく覚えていなくて、私が忘れてしまっていることは、微に入り細に入り覚えているのです。
もちろん人形は持って帰りました。

手直して、かわいくしてあげればいいのですが、その気力は今のところありません。

ところで、私が小さいころ持っていた文化人形は、たぶん就学前に、あえない最期を遂げました。
あまり薄汚いからと、お風呂に入れてあげたら、脱水機もない時代、いつまでも乾かず、足も手もかびて黒ずみ、見るも無残な姿になって、匂いまでひどくなり、とうとう捨てられてしまいました。


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