2012年9月7日金曜日

筬(おさ)

今、手織りが廃れて、東南アジアでも日本でも、骨董市をのぞくと、筬(おさ)が売られているのをよく見かけます。手ごろな値段で買えますが、筬は織物の歴史にとって、ターニングポイントとなった、素晴らしい、画期的な道具でした。

織物の歴史は古く、新石器時代にさかのぼります。新石器時代の遺跡から土器・石器製の紡錘(ぼうすい、つむ)が発見されています。


最初、織物はこのような竪機(たてばた)で織られていました(絵は、『太陽の戦士』サトクリフ作、岩波少年文庫より)。
今でも、ペルシャ絨毯などは竪機で織られています。

竪機では、織れる布が短いものですが、織り機を横にすると、長い経糸(たていと)を張って、長い布が織れるようになります。


長い糸は、巻き取り機を装備するのがたいへんなら、カンボジアのような、捲き取り板使ってもいいし、


ラオスのように、戸外で遠くの木や、織り機の上に、経糸の終わりを結びつけておけばいいのです。 
ただ、緯糸(よこいと)通したとき、緯糸を落ち着かせるために、締めなくてはなりません。竪機だったら、フォークのようなもので、少しずつ締めていけばいいのですが、作業に時間がかかるし、均等に締まりません。


そこで使われるようになったのが筬です。
というか、筬の発明があって初めて、織り機が縦型から横型になることができました。


筬は、皮つきの竹の薄い板を、糸で固定してつくります。
糸の太さの間隔だけ、 竹板と竹板の間に隙間ができ、そこに経糸を通して使うのです。


したがって、細い糸で留めれば、細い糸で織るものに対応し、太い糸で留めれば、その間隔が開いた分、太い糸に対応します。

また、経糸は細いのに、間隔が広い筬を使って(あるいは一本飛ばしで)織ると、ざっくりした蚊帳のような布が織れます。


この筬は、竹板を留めた糸の強度を増すために、糸を巻いた部分を漆で固めてあります。



綜絖(そうこう、白い糸でつくってある部分)とつながっていて、綜絖を上下に動かすためのペダルの一方を踏み、経糸が、交互に上下に開いたところに緯糸を通して、筬(手前に吊ってあるもの)を、一度手前に打ちつけます。
次に、踏んでいなかったもう一方のペダルを踏んで、経糸の上下を反対にして、もう一度手前に打ちつけて、緯糸をしっかり締めます。
ちなみにこれは、カンボジアの織り機です。

つまり、緯糸を一本通すたびに、少なくても二度打ちつけます。


そのたびに、筬は経糸をこするわけですから、もし竹板がざらざらでやすりの役目をしたら、経糸はすぐに切れてしまいます。


アジア以外にも、竹はありますが、アフリカの一部などで、とても限定的です。
そこで、アジア以外の地域では、筬の材料として、葦など別の材料が使われています。

これは、エチオピアの市場で売っていた、新品の筬です。


けばだっていて、滑らかとは言い難いものです。
筬を買った人が、最初は切れてもいい経糸を使ったりして、筬の表面がすべすべになるまで慣らしてから使うのかもしれません。
あるいは、竹より柔らかくて、存外問題がないのかもしれません。


材料は葦のようなものだと思いますが、竹のある地域は、筬づくりに関しては幸せだったとしか言いようがありません。


これは韓国の筬です。
日本同様、筬をはめる枠があって、それにはめ込んで使います。この場合は和紙(韓紙)のこよりで動かないように固定して使います。紙の方が布紐より手に入りやすいし、布紐より強い時代があったのでしょう。
筬を抑え過ぎないよう、また端から外れないでしっかり押さえられるよう、両端に通してあるのは竹の板です。


こよりを解いて、ちょっと外してみると、こんな感じです。


いろいろな地域で手織りする人がいなくなったり少なくなっているというのに、バングラデシュの村では、今でも筬をつくっている人々がいました。

薄い竹板をつくっている人。
ここで均質に、滑らかにしておかないと、いい筬ができません。


そして、これから新しい筬をつくろうとしている人。


長いままの竹板が左手に見えますから、竹板を長さに切るのは、竹板をつくっていた人ではなく、筬を組み立てるこの人のようです。
一枚一枚、竹板をあてがいながら、下に置いてある糸を上下に巻いて、留めていきます。


もう、半分くらいつくった人。


ちなみに、彼らが布を頭に巻いているのは、この朝がとっても冷える朝だったからです。


竹がいちいちこすれるとはいえ、筬は一生ものだと思っていたのに、こんなに筬の需要があるということは、使っている筬がすり減って使いものにならなくなってしまうということです。
そんなに長時間、バングラデシュの人たちは、織物を織り続けているのです。


タイの、山岳民族(たぶんモン人)の筬です。
タイ、ラオス、カンボジアあたりでは、筬の部分を外枠にはめたり、取り外して使うのではなく、一体型になった筬を使っています。
自分で育てた綿を紡いだ糸にしろ、蚕からとった絹にしろ、わりといつも同じ太さの経糸を使っていたので、筬を頻繁に取り換える必要がなかったのでしょう。また、木工が得意なので、一体型の筬をつくることを厭わなかったものだと思われます。

また、山岳民族やラオス人の場合、戸外で織り、日暮れには経糸を織り機から外して、織れた部分や筬、綜絖ごと室内に取り込みますので、一体型の筬を何枚か持っているのが普通です。


上がラオス人にいただいたもの、下はカンボジアのものですが、形はほぼ同じです。


タイ、ラオス、カンボジアのものは、お寺の屋根のような装飾が特徴です。


今では使われなくなったため、ハンガーにつくりなおされて売られているものなど、タイの市場には、一時筬があふれていました。

ちなみに工場では、金属の筬を使います。かく言う私も、1センチに何本という既製品から選んで、金属の筬を使っていました。


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