2013年9月23日月曜日

土鈴

ときおり、おもちゃの本などで「日本は郷土玩具の豊かな国」という記述を見かけることがあります。それには同意できますが、「日本は世界一の郷土玩具王国」とまで言われると、過ぎた身びいきに、ちょっと鼻白みます。
中南米のおもちゃは見たのか?インドのおもちゃは見たのか?北ヨーロッパのおもちゃは見たのか?と、突っ込みたくなります。

それでも、こと土鈴に関しては、日本は世界一を誇ってもいいのではないかと思います。
土の笛はいろいろな国にあるのですが、土の鈴はあまり見かけません。


これはロシアの猫で、起き上がりこぼしであると同時に、鈴にもなっています。
日本とロシアにあるくらいだから、はさまれている中国にも、土鈴があるに違いありません。そう思って、中国のおもちゃの本をいろいろひっくり返して見ましたが、土笛はあるのですが、土鈴は見つけられませんでした。


日本には、いろいろな形の土鈴があります。
牛、鳥などの土鈴が多く、十二支もよく土鈴につくられます。ところが、単純な鈴形の土鈴は意外と少ないのです。


その、鈴形の土鈴の傑作は、福岡県の英彦山の土鈴です。
英彦山権現勧請のとき、土中から古鈴が発掘され、これを模って神社から領ったものとされていて、
単純な色と形と、わらの持ち手がとても垢抜けています。



これは鹿児島神宮の土鈴です。五個あったのに、地震で三つ割れてしまい、残っているのはたったの二個です。
先日、鹿児島神宮の授与品をUPしたときには、土鈴と鳩笛のことをすっかり忘れていました。


金属の鈴木の鈴は世界のあちこちにあります。
それなのに、何故土鈴はなかったり、少なかったりするのでしょう?
土鈴は割れやすく、まったく実用には向かないからかもしれません。

日本の土鈴の場合、実用品ではなく、ほとんどが神社の授与品です。
あくまでも飾りとして、しかもただの土人形ではなく鈴になっていると、なんとなく嬉しいという理由で、土鈴がたくさんつくられたのかもしれません。


14 件のコメント:

昭ちゃん さんのコメント...

幅広いコレクションですね、
「ひこさんがらがら口ばかり」ですね。

tera さんのコメント...

はじめまして。
いつも楽しく拝見しています。

地元の英彦山がらがらが紹介されてうれしいです。
「英彦山がらがら口ばかり」
姉が中学生の時によく言われていました(笑)
おしゃべりさんな人はそう呼ばれていましたねえ。

窯元の「がらがらのおいちゃん」(顔見知り)は世界最古の
土鈴だと言っていますが、真相は???


昭ちゃん さんのコメント...

横レスごめんなさい。
teraさんは添田近郊ですか、
 車社会になり参道を歩く人もなく、
便利なスロープカーに乗れば足が不自由でも
奉幣殿まで行ける時代になりましたね。

tera さんのコメント...

昭ちゃん様  

はい。生まれも育ちも嫁ぎ先も(笑)
添田です。

お恥ずかしながら、奉幣殿へ参拝する機会が
ほとんどありません。スロープカーも2度ほど乗ったでしょうか。
信仰ととハイテクな乗り物、アンバランスな
気もしますが、時代の流れなのでしょうか。

私はもっと上の方の高住神社へよくいきます。

北九州の方のほうが、英彦山に詳しかったりします。反省です。

春さんのブログなのに長々すみません。
とってもうれしかったです。


昭ちゃん さんのコメント...

春さんこの場をお借りしていいでしょー
Teraさん私にとってはやんちゃだった青春の思い出が一杯の彦山です。
 戦後の二又トンネルの爆発事故で再建された駅の時代からです。
 添田の「庄接骨院」
今でも大盛況ですか、かっぱ膏薬も。
(笑い)

さんのコメント...

昭ちゃん、teraさん
あはは、勝手に盛り上がってください。
teraさん初めまして。「ひこさんがらがら口ばかり」と言う地域のことわざがあったのですね。確かに口に見えますが、おしゃべりというより笑っているように見えます。私は大好きです。
そうか、世界最古の土鈴かどうかはわかりませんが、ロマンがありますね♪
添田は、32年前、不慮の事故で亡くなった友人のお墓参りで行ったことがあります。友人の家は山の中の寂しいところにありました。ご両親ももう亡くなって廃屋になってしまっていることでしょう。そのとき、列車の窓から見えたボタ山が印象的でした。
昭ちゃん、英彦山の写真で、その昔賞を取られたのですよね。素敵な写真でした。その昔、九州は一周しましたが、郷土玩具のつくり手ばかり訪問して、結局阿蘇も英彦山も、霧島も何も知らずでした(笑)。
昭ちゃん。gyaoの無料映画で、今「にあんちゃん」が見られます。本は読みましたが、映画を見たのは初めてでした。炭鉱の生活が、隔世の感というか、日本国中食べられない時代がほんの少し前にあったなんて、嘘のようです。また、そんな時代が来るかもしれませんが。

昭ちゃん さんのコメント...

 春さん有難うございます。
日田・彦山線は炭鉱地帯を通過しますからね。
炭鉱の遺構(いろいろな設備)が発見されると関係なかった人まで大騒ぎしますが、
閉山までの20年採炭で働いた私には炭鉱節を聞くのもいやです。
 「にあんちゃん」長門裕之ですね。

さんのコメント...

昭ちゃん
映画「にあんちゃん」は、もう今では彼岸に行ってしまった方たちがたくさん出ていて、懐かしかったです。でも昭ちゃんはお嫌だったのですね。ごめんなさい。
本『にあんちゃん』、中学生だったか、高校生だったか、ため息をつきつき読みました。いまでは「にあんちゃん」を知らない人がたくさんいるように、飢える苦しさを知っている日本在住者は少なくなりました。あっというまに時代は変わりました。

tera さんのコメント...

私の祖父が炭坑夫でした。若き日の昭ちゃんさんに
会っているかもしれませんね。

田川は山本作兵衛さんの絵がユネスコの記憶遺産に
登録されて町の活性化に熱心なようです。
ヒップホップ調の炭坑節まであります。
負のイメージを消そうとしているようです。

カッパ膏薬!残念ながら院長が亡くなり
息子さんが後を継いでいますがもう
作っていません。とっても効いたのでしょう?

春さんも昭ちゃんさんもまた是非英彦山へ。
楽しいお話ありがとうございました。

昭ちゃん さんのコメント...

春さん気にしなくていいですよ、時代が変わりました。
以前娘がいた会社で上司が、
「最後は炭坑節で締めようか」と相談があったそうです。
娘は「炭鉱生活を隠している人もいるし、今流行の炭坑節が嫌いな人もいますよ」っと助言したので中止したそうです。
 私の姿を見ていますからでしょー
有名な司会者が徳川無声さんと対談したおり何気なく「かつべん・活動弁士の略」ですよねっと口を滑らしたら対談が沈黙になったとか聞きました。
私が卑下して「炭鉱太郎」と言うのと、外部からいわれるのでは雲泥の差ですね。
もう話題になる年月が遠くなりましたが、、、。

さんのコメント...

teraさん
コメントのお返事が遅れて申し訳ありませんでした。実はあれから、怪我をして今日まで入院していました。
入院の(ちょっと)詳しいことは、またブログで書くつもりです。
これに懲りず、またコメントくださいね。

さんのコメント...

昭ちゃん
バカなことをして、胸椎と腰椎を損傷、起き上がっているときはコルセットをはめているので、すぐ横になってコルセットを緩めたくなります。まだ、退院後一時間ですから仕方ないですね(笑)。
そういうわけで、ブログはぼちぼち再開します。
それにしても、スカーレットオハラの時代に生きてなくて良かった...。

昭ちゃん さんのコメント...

 春さんそれは大変でしたね、
ちょっとした弾み私も用心はしていますが。
 ブロクはいそがないでラジオでも聞いてください。

さんのコメント...

昭ちゃん
不幸中の幸い、どこもしびれたりせず、3ヶ月後にはコルセットも取れそうです。まだ、長く座っていることもできませんので、ぼちぼち復帰します。
ありがとうございました。